"月の影は落ちないのかしら" 夜の公園にブランコの軋む音 僕はふと顔をあげた 目の前に立つ彼女の影が僕に落ちる "ねえ、月の影はどこにあるのかしら" そう言うと、 くるりとあたりを見回して 僕に微笑みかけた "月は…" 高鳴る鼓動の音を聞かれまいと じっとり汗ばむ手でブランコのチェーンを握り締める "月は光を与えてくれるよ" 僕は僕なりに精一杯の気の利いた言葉を 言ったつもりだった 彼女はそうね、と笑い、 "でも光を受ける代わりに その倍の闇の存在を知らなくてはならないのよ" と言った 僕はそれ以上何も言えなかった それに気付いた彼女は そろそろ行くね、と僕に一通の手紙を渡し 何事もなかったように立ち去った それは最初で最後のラブレターであり、 彼女の生きた証、 そして最高の遺書である 僕は次第に滲んでいく手紙の文字を 何度も何度も読み返しながら 後日行われるであろう彼女の葬儀に 真っ白な百合をもっていこうと思った。 |